清善は、岩手県葛巻町や陸前高田市などに、「亡くなった戦友の分まで社会に対する恩返しとして協力したい」と、申し出て、これまでに葛巻町、陸前高田市、大船渡市に合計、数千万円の寄付をした。
陸前高田市では、1985年10月19日、陸前高田市、市制三十周年記念式典で清善に教育文化功労賞を授与した。
葛巻町でも感謝状が授与された。
その時の歓迎ぶりは、沖縄県内のどこも真似のできないほど、熱烈な歓迎で清善を感動させた。
そのときの日程は次の通り。
10月17日、沖縄から東京へ、上野駅から「やまびこ2号」で盛岡駅に到着。盛岡駅から宮古市長専用車で市長、教育長らと共に約二時間かけて宮古へ、同市役所訪問。宮古で一泊。
10月18日、午前中は宮古市内を観光、大船渡市で歓待を受ける。
10月19日、陸前高田市で午前10時から開催された功労者賞祝賀会に出席。午後2時、広田保育園児の鼓笛隊に歓迎され、「上原文庫」見学。午後2時20分、広田中学校ブラスバンドの歓迎を受け、「上原文庫」見学。
午後2時40分、広田小学校鼓笛隊が歓迎、「上原文庫」見学。午後三時半、広田市椿島パークホテルで受賞祝賀会に出席。祝賀会は市長、市議会議長、市議、小、中学校長、婦人会代表ら約70人であったが、地元の人々の温かい歓迎に彼は、とても感激していた。
これまでも紺綬褒章、三笠宮妃の日赤銀有功章、法務大臣賞、県知事賞、日本善行賞など、いろいろな栄誉を受ける度に、有志の人々によって祝賀会が開催され、激励を受けた。だが、知人、友人の少ない他府県で祝賀会を開催してくれたことは、ただ感無量であったという。
清善が行く先で、歓迎の幕が張られ、鼓笛隊まで繰り出してくれたことに対し、胸がいっぱいになると共に、身の引き締まる思いがしたことだろう。
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