図書プレゼント


子どもたちの喜ぶ姿に感動した清善は、今度は沖縄県内の子どもたちにも何かしてあげたいと思い、図書のプレゼントをした。

出身地の小禄の各小学校には既に寄贈していたが、その他の地区にはまだ行われていなかった。

まず離島の宮古・八重山の子どもたちにもたくさんの本を読んで欲しいと思い、昭和五十七年(1982年)、少年少女文学全集や偉人伝など約千冊に及ぶ児童図書を宮古・八重山の各市町村を通してプレゼントした。

子どもたちからのお礼の手紙をみると、こんなに嬉しいことはない。日頃、働いて貯めたお金が、そのために役立つのであれば、これほど有益なことはないではないか。

そう思うと、そのことが篤志家としての「善意の贈り物」をさらに続けさせる糧となり、那覇市内の全小学校にも児童図書の寄贈は続けられた。

そして県内だけではなく、山形県米沢市の(当時)18の各小学校にも贈り、さらに岩手県葛巻町の子どもたちにも図書の購入費に活用して欲しいと百万円を寄付した。

図書の寄贈は、県外では岩手・山形だけでなく、清善がフィリピンから引き揚げてきて一時滞在した鹿児島県にも当時、お世話になったお礼として、各小学校に図書の寄贈をした。そして妹が疎開していた大分県竹田市内の全小・中学校をはじめ、大分市内の全中学校にも伝記全集などの図書を寄贈した。

このようにして恩返しの意味を込めた「善意の贈り物」は、何処でも喜ばれ、感謝状として、その功労は讃えられた。

そのことは清善の誇りであり、また、そのことが清善を励す原動力となっていることも確かである。

「善意の贈り物」は、その後、さらに各方面へ幅広く行われ、北は北海道から、南は八重山の離島まで、全国各地の各市町村に及び、清善の善行は止まることなく続けられている。

このようにサトウキビや図書のプレゼントに対し、各地の子供たちから寄せられたお礼の手紙は、3ヶ月で1500通余りに達しているという。

『琉球新報』1982年、「雪国の子供たちからお礼の手紙」の見出しで紹介されている。


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